今の収入源で、大丈夫ですか?
これまでは、僕の生き方に対する提言を書いてきました。
今回から、これから20年を生きていく上で、世の中が
どう動いていくかを考えて生きたいと思います。
今、あなたは何歳ですか?
あなたの収入は、いくらですか?
いくら貯金や資産を持っていますか?
いくら年金が入ってくるか、知っていますか?
あなたは、自分の人生を自分でデザイン(ライフデザイン)できていますか?
そのライフデザインを実現するためのライフプランはできていますか?
そのライフプランを確実にするための、フィナンシャル・プランはできていますか?
老後は、大丈夫ですか?
あなたの会社は、大丈夫ですか?
ずっとこの先、給料を払い続けてくれますか?
あなたのお客様は、20年後もあなたのお客様であってくれますか?
こうした質問にすべて、明確に答えられる人は、どれだけ
いますか?また、こうしたことを考えないで、安穏としてい
ていいのでしょうか?
その答えを探すために、まずが、これまでの世の中の動きを見て
いきましょう。
<これまでの日本>
戦後50年間においては、経済成長と同様、人生は右肩上がりの
直線を想定すればいい時代が続きました。つまり、サラリーマンで
あれば、年功序列型賃金制度や終身雇用に安住できたのです。自営
業者であっても、その事業には浮き沈みはあったでしょうが、基本
的には右肩上がりで来ることができました。土地や株式といった資
産もほぼ右肩上がりで上昇し、借金してでも持ち家を買うことさえ
出来れば、十分な年金で老後を賄うことができました。
しかし、バブルの崩壊とともに、国や会社におんぶに抱っこで暮
らせる時代は終焉しました。いや、バブルの崩壊がなくても、遅か
れ早かれ、全体のパイが拡大して、みんなにその恩恵が及ぶ時代は
続かなかったのです。
今では、国家財政は逼迫し国に依存することは許されなくなり、
企業も勝ち組と負け組にはっきり分かれつつあり、しかも負け組の
方が圧倒的に多くなってきています。負け組企業は、生き残りをか
けたリストラを断行せざるをえない状況です。そうした中、雇用そ
のものも流動化し、会社に一方的に頼ることは出来なくなってきま
した。
それに伴い、個人の人生も直線的右肩上がりから、波型に変化し
つつあります。
(続く)
今回から、これから20年を生きていく上で、世の中が
どう動いていくかを考えて生きたいと思います。
今、あなたは何歳ですか?
あなたの収入は、いくらですか?
いくら貯金や資産を持っていますか?
いくら年金が入ってくるか、知っていますか?
あなたは、自分の人生を自分でデザイン(ライフデザイン)できていますか?
そのライフデザインを実現するためのライフプランはできていますか?
そのライフプランを確実にするための、フィナンシャル・プランはできていますか?
老後は、大丈夫ですか?
あなたの会社は、大丈夫ですか?
ずっとこの先、給料を払い続けてくれますか?
あなたのお客様は、20年後もあなたのお客様であってくれますか?
こうした質問にすべて、明確に答えられる人は、どれだけ
いますか?また、こうしたことを考えないで、安穏としてい
ていいのでしょうか?
その答えを探すために、まずが、これまでの世の中の動きを見て
いきましょう。
<これまでの日本>
戦後50年間においては、経済成長と同様、人生は右肩上がりの
直線を想定すればいい時代が続きました。つまり、サラリーマンで
あれば、年功序列型賃金制度や終身雇用に安住できたのです。自営
業者であっても、その事業には浮き沈みはあったでしょうが、基本
的には右肩上がりで来ることができました。土地や株式といった資
産もほぼ右肩上がりで上昇し、借金してでも持ち家を買うことさえ
出来れば、十分な年金で老後を賄うことができました。
しかし、バブルの崩壊とともに、国や会社におんぶに抱っこで暮
らせる時代は終焉しました。いや、バブルの崩壊がなくても、遅か
れ早かれ、全体のパイが拡大して、みんなにその恩恵が及ぶ時代は
続かなかったのです。
今では、国家財政は逼迫し国に依存することは許されなくなり、
企業も勝ち組と負け組にはっきり分かれつつあり、しかも負け組の
方が圧倒的に多くなってきています。負け組企業は、生き残りをか
けたリストラを断行せざるをえない状況です。そうした中、雇用そ
のものも流動化し、会社に一方的に頼ることは出来なくなってきま
した。
それに伴い、個人の人生も直線的右肩上がりから、波型に変化し
つつあります。
(続く)
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